背景説明
本サイト管理者である私(石田)は、2008年3月まで、京都府立大学人間環境学部環境情報学科(現生命環境学部環境・情報科学科)において学生教育に携わって
きました。環境情報学科は理系全般に広い視野をもつ人材を育成することを目的とするユニークな学科でしたが、着任して実際に教育に携わってみますと、色々な問
題点に気づきました。その一つは、高校教育と大学の専門教育の乖離です。いわゆる「ゆとり教育」の推進によって、中学や高校で履修すべき内容がどんどん削られ
ていく一方で、科学技術は急速に発展し、要求される知識は高度化していきます。しかも、環境情報学科では物理、化学、生物、情報を平行して学ぶという趣旨の学
科でしたから、教育は基本的な事項をしっかりと身に付けさせることが中心になっていました。その結果、基本的な知識と研究活動をつなぐ部分の教育は研究室に入
ってから、というのが実情でした。とくに、高校で物理を履修する学生が少ないこともあって、エレクトロニクスに関する知識は呆れるほど欠落しており、理系の学
生であるにもかかわらず、ダイオードやトランジスタの機能さえ知らないという状況だったのです。興味を持つための基礎知識が欠落しているので、興味を持つこと
すらできないのです。最先端研究の現場から教育現場に乗り込んだ私にとって、それは大きな衝撃でした。有機材料が次々とデバイスに応用される時代にあって、暗
澹たる思いでした。
さらに私が気になったのは、学生達のコンピュータを使った計測に関する知識がほとんどなかったということです。広い範囲のことを学ぶので、学生実験も基本的
なものが中心になってしまいますから仕方のないことではありますが、AD変換やRS232という言葉すら知らないで卒業していく学生達の姿を見るにつけ、なんとか
しなければという思いは募るばかりでした。私は顕微分光測定を専門にしていますから、私の研究室に入ってきた学生には1から全てを教えなければなりません。1
分子計測を始めとする極限的な分光測定ですから、装置は市販の部品を組み合わせたり改造したりしますし、ソフトはもちろん全て自分で作らねばなりません。ソフ
ト開発は全てLabViewで行っていましたが、学生達はそんなもの見たことも聞いたこともない、という状況でした。
しかし、いくらなんとかしなければと思っていても前進はしません。「さきがけ研究」の研究者としてJSTの理科離れ対策を支援し、大学コンソーシアム京都のFD
会議で「理科離れ」や「意欲の喚起と動機付け」に関するセッションの企画検討委員を担当したことをきっかけに、外国の大学でどのような教育が行われているのか
をちょっと調べてみました。そこで見つけたのがイギリスPicoTechnology社の「Dr. DAQ」という計測モジュールです。1個わずか1万数千円の手の平に乗るような
モジュールであるにもかかわらず、電圧、抵抗、温度、音、光、pHの測定が可能で、オッシロスコープとデータロガーのソフトはもちろん、LabView用のデバイス
ドライバまでついています。これを使ってやろう!とすぐに思い立ったのはいうまでもありません。幸い、日本でも入手可能であることがわかりました。ちょうどタ
イミングよく環境情報学科のカリキュラム改編作業を行っていたので、それに合わせて、「ラボラトリオートメーション」という講義を独自に設定することにしまし
た。
この講義では、ダイオードやトランジスタといったディスクリートデバイスの基本を学ぶと同時に、回路の帯域幅・立ち上がりとフーリエ変換、AD変換の実際、
ケーブル・コネクタの種類やグランドの取り方、計測機器とPC間の通信法、といった計測の基本をLabViewを使って実際のデータ計測を行いながら習得させること
を目標としていました。LabViewを学生教育に導入した時期としては日本国内ではかなり早いほうです。他の専門科目の内容からは少し外れた、しかもかなり高度な
内容であるうえに、私の研究費を使って全員分のノートパソコンと教材を用意しなければならないので、受講希望者は十分な意欲と学力があり、情報系を志望しない
学生8名程度に限定することとしました。本サイトで運用している気象観測用システムは、挑戦する課題として学生達と一緒に企画したものです。幸い、学内の提案
公募研究に採択していただくことができ、学生達の夢を実現させてやることができました。
正直言って、かなり無理のある試みであることは百も承知しており、実際、試行錯誤の連続でした。半期で多くのことを学ばねばならず、LabView自体は基本的な
レベルしか習得させることはできませんでした。習得度から言えば学生諸君にとっても私にとっても、満足出来るものではなかったと思います。しかし、全員とまで
はいかないまでも、相当以上の熱意でのめりこんでくれた学生が多数居たことは、長い時間と多額の研究費を投入した私にとっては大きな喜びでした。外部デバイス
を動かして初めて感じることができる「パソコンを使いこなしている」という感覚を味わってもらえたことは非常に大きな効果を与えたと思います。計測制御で世界
標準となっているLabViewを実体験しているのと、名前すら知らないのとでは天と地以上の隔たりがあるでしょう。実際、インターンシップが盛んになってきました
が、その応募書類に「LabViewを体験している」と書けることは学生達にとっては少なからず助けになったようです。さらに、エレクトロニクスやメカトロニクスの
キットを組立させた時の学生諸君の眼の輝きは忘れられません。彼らは二言目には「君らは何も知らない」、「こんなことも知らないのか?」と言われ続けてきまし
た。しかし、彼らは被害者であって責任はありません。責任があるのは、こういう状況を観ながら、何ら対策を取ることができなかった大人達に他なりません。
2008年4月、学部学科改編にともない、私は新設された生命分子化学専攻に異動しました。私が企画したこの「ラボラトリオートメーション」という講義は2008
年9月を以て終了・消滅し、私の役目も終わりました。今後、同じ趣旨の講義と教育は本学では二度と行われないでしょう。