私の研究のキーワードの一つは、2011 年頃よりハドロン物理において議論されてきている状態の複合性 (compositeness) です。複合性とは、ある状態の中に 2 体系がそれぞれの個性を保ったまま束縛している状態の割合を示す物理量であり、系の全波動関数の規格化条件 < ψ | ψ > = 1 に対する 2 体状態波動関数からの寄与として定義されます。
複合性そのものの歴史は古く、例えば半世紀前に重水素が陽子-中性子束縛系である事を証 明した [Weinberg (1965)]。そして、複合性の大小から考えている状態が “素” 粒子 (elementary) か複合粒子か (composite) かを見分けられるので、複合性をエキゾチックハドロン候補、特に Λ(1405) などのハドロン分子状態候補に応用しよう、というのが現在の世界的動向であり、私の研究テーマの一つです。
私は Λ(1405) 共鳴など従来知られているエキゾチックハドロン候補に加えて、新たなエキゾチックハドロン候補の理論的予言を行い、その性質を研究しています。
この方針下での研究対象としては、カスケード共鳴状態 Ξ(1690) が挙げられます。 最近、私はカイラルユニタリー模型を用いて Ξ(1690) 共鳴が Kbar Σ 分子状態である可能性を指摘しました。特に、現在 J-PARC や Belle、Belle II を始めとする実験施設から多くの実験データが得られつつあるので、それら実験データと比較しながら Ξ(1690) の内部構造を調べています。
私は、ハドロン内部構造を探る新しい手法の開発を構築し、それを用いてハドロンの内部構造を議論す ることを目指しています。例えば、私は重いクォークを含むハドロンのセミレプトニック崩壊に 注目しています。私は、Ds^0(2317) 共鳴の構造を Bs^0 中間子のセミレプトニック崩壊 Bs^0 → Ds^0(2317) l^- ν、Ds^0(2317) → π Ds、K D から議論しました。この手法の利点は二つあり、 i) Cabibbo 支持/抑制崩壊プロセスを利用する事により、ハドロン中の軽いクォークのフレーバーを特定出来ること、ii) レプトンは弱い相互作用しかしないので、ハドロン二体系 (今は π Ds、K D) の相互作用を調べる理想的環境を与えること、です。
上で述べた複合性は、エキゾチックハドロンの内のハドロン分子状態を識別する物です。一方、その他のエ キゾチックな構造 (マルチクォーク状態、グルーボール状態やハイブリッド状態など) の識別法については、はっきりと確立した物は現在まで存在していません。従って、エキゾチックハドロン候補の構造の解析は半世紀も前に提唱されたクォーク模型に未だ頼っています。この現状を打破すべく、私はあらゆるエキゾチックな構造の識別法やクォーク模型を内包するハドロンの新しい系統的・ 総合的な分類法に関して研究を行っています。