<冷温帯スギ落葉広葉樹林における地形に対する植生推移メカニズム並びに種多様性維持機構の解明>

 我が国において最も重要な造林樹種の一つであるスギは、鹿児島県から青森県まで天然分布がみられます。日本海側の多雪地帯の冷温帯域では、天然スギのみられる場所が比較的多く、そうした場所では大よそスギの分布密度が尾根部で高いことが知られています。一方、造林学上では、スギの成長が土壌水分・養分条件が恵まれたところで良好であることから、スギの造林適地は土壌中の水分・養分条件の良い斜面下部や谷部とされています。山間地に森林が広がる地域では、地形と植生の対応関係がある場合が多く、こうした対応関係は従来、土壌中の水分・養分勾配によって説明されてきたのですが、天然スギが尾根部に規定されるメカニズムについては十分説明されていませんでした。

 京都府北部の冷温帯域でも、天然スギが分布する場所が多くみられます。中でも、京都大学芦生研究林には、原生的な状態が保たれている冷温帯スギ落葉広葉樹林が広域にわたって残されています。ここでも、他の地域と同じように尾根部でスギの密度が高く、斜面下方ではブナ・ミズナラなどの落葉広葉樹の分布密度が高くなっており、尾根から谷に向けてスギ優占植生から落葉広葉樹優占植生への推移が認められます。


       芦生のスギ落葉広葉樹林:尾根部に天然スギが分布する

 私は、この植生推移メカニズムを明らかにすることを目的に、芦生研究林の冷温帯スギ落葉広葉樹林内に尾根から谷までを含む斜面上に調査プロットを設け、斜面上の諸環境要因を調べるとともに、出現したすべての高木性樹種を対象に、成長特性の解析、幹長
50cmというこれまで殆ど調査の対象とされてこなかった小サイズを含めた個体群構造(空間分布やサイズ)の解析を行ってきました。

 その結果
・スギの更新が積雪と斜面傾斜の相互作用によって生じる雪圧変化の影響を受けるため、スギの優占域が雪圧の比較的小さく尾根部から斜面上部に限られること
・斜面地形上の雪圧変化によってスギの優占域が制限されることで、斜面下方にブナを主体とする落葉広葉樹優占域が創出されると同時に、それが恒常的なスギの枯死という撹乱を伴い、陽樹をはじめとする多様な樹種の定着を促していること
等を明らかにしてきました。すなわち、地域特有の積雪環境が冷温帯スギ落葉広葉樹林植生や種多様性の維持に大きく貢献している可能性が指摘されました。


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